大判例

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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1786号・昭35年(ワ)298号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判断〕原告は昭和一七年三月一六日本件家屋を被告相良松枝の亡夫相良桂市に期間の定めなく賃貸していたが、おそくも昭和三四年八月一日以来被告市川が本件家屋に居住してこれを使用している。そこで原告は、被告相良が被告市川に本件家屋を転貸したことを理由に、本件賃貸借解除の意思表示をして、被告相良に対しては本件家屋の返還を求め、被告市川に対しては所有権に基く家屋明渡と損害金の支払とを求めた。被告等は、右転貸の事実を否認し、被告相良が病気療養のため一時田舎に転地したため、その不在中の留守番として被告市川を本件家屋に住まわせているにすぎないから、本件家屋はなお被告相良が占有しているもので、被告市川は被告相良の所持の機関にすぎない、仮りにそれが転貸にあたるにしても、原告はこの転貸に承諾を与えている、と抗争した。

判次は、被告相良が被告市川を本件家屋に居住させたいきさつを次のように認定したうえで、それが転貸にあたることを判示したが、この転貸については結局原告の暗黙の承諾ありと認めて、請求を排斥した。曰く、

「被告相良は心臓疾患のため、昭和二七年九月に入院、昭和三一年八月一九日に退院し、その後転地療養のため埼玉県下の実姉の家に身を寄せていて、右入位以後本件建物に居住しておらず、いつまた本件家屋に戻ることができるか見込みが立たないこと、被告相良の入院から昭和三一年一〇月までは、被告相良の弟である相良英夫が寝泊りをしたり、友人に頼んで見廻りをしてもらつたりして、本件建物を管理していたが、昭和三一年一一月になつて、被告相良は、実姉台敏子らを通じて、たまたま東京へ転勤することになつた被告市川(被告相良には未知の人)に留守番がてら本件建物に居住してもらいたいと頼んだこと、当時、被告市川は東京に住家を探していたところであつたので、被告相良の依頼に応じ、さつそく妻千恵子ら家族とともに本件建物に入り、ここに生活の本拠を構え、以後被告相良との間には何ら関係をもつことなく自分の負担で家賃を原告に支払つて来たことが認められる。以上認定の事実によると、被告市川は自己のためにする意思で独立の所持者として本件建物に居住するに至つたのであつて、単に被告相良の所持の機関として本件建物にはいつたのではない、とみなければならない。本件建物に対する被告相良の賃借権がなくなつたわけではなく、被告相良が本件建物に戻る意思を放棄したとも認められないから、被告市川が本件建物に居住していることは被告相良の留守番をしていることになる、といえるかもしれない。しかし、世上いわゆる留守番と称せられるものの中には、留守番をする者が独立の所持者たる地位を有せず、全く本人の所持の機関として建物にはいつていると認められる場合と、独立の所持者として建物にはいつていると認められる場合とがあることが明らかであり、被告市川が本件建物にはいつたのは右の後者の場合にあたるわけである。してみると、被告相良が被告市川を本件建物に居住させたのは、被告相良が被告市川に本件建物を転貸したことになるといわなければならない。」

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